ライヴに最も多く通った1年間
連日入ってくるライヴ中止・延期の報せ。つらすぎて、受け止める気力も残っていないのが正直なところです。ライターになって以来最もライヴを観に行かない日々を過ごしながら、逆に、最も頻繁に行っていたのはいつだろう?と考えると、約20年前、転職して出版社に入った1年目だと思い当たりました。ほぼ毎日、ジャンルを問わず、ライヴハウス、ホール、アリーナ、ドームのいずれかに足を運び、レポート取材する連載があったのです。書くのは編集長と先輩、新人である私。隔月刊の音楽雑誌を、その3人とアルバイトスタッフさん、計4人でつくっていました。
夕方になって編集長がライヴスケジュール表を見ながら「大前は今日はこれに行ってきて」と指令、先方に了承を得てバタバタと出掛けることも。土日も関係ありません。よく知っているアーティストであろうとそうでなかろうと、とにかく観させてもらい、文字数は決めず日記のようにレポートを書き溜めておく。私と先輩が各々送信した原稿を、編集長が自らの分と合体させ、既定の字数に整えて1本の記事にしていました。編集長に同行することも多く、ライヴ後に感想を伝えたり、見解を聞かせてもらったり。編集部員が同じライヴを観た時は自ずと合評方式になるので、「あれを観てこう感じたんだな~」などと読み比べて学ぶこともあったり。今思うとすべてが身になっています。編集長には、お客さんと同じ目線で体感すべきだから「メモを取るな」と教わりましたが、そこだけは指導に反し、私はメモ魔に育っています。
お叱りを受けること覚悟で明かすと、最初はそんな連日連夜のライヴ取材がちょっと苦痛だったのです。入社直後は、就業時間後は映画学校の授業に出たい、という甘い考えでいたので、「これって法律違反では?」ぐらいに実は思っていました。でも、膨大な数のライヴ現場通いは、ほどなくして私の意識を変えていきます。大変ではあるけれど、この仕事はすごく面白い、と。元々はごく限られた数のアーティストを深く好きになるタイプなので、多種多様なライヴを観るような習慣はありませんでした。自分の知らない数々の音楽シーンが存在していて、会場の扉を開けた瞬間その世界に足を踏み入れる、あのスリルは私にとって初めての感触。「こんなにMCが長いアーティストもいるなんて……!」とか、「このバンド、生で聴くとこんなに歌詞が伝わってきて、すごい!」とか、驚きの連続。ファンの方の醸し出す雰囲気がアーティストごとに随分違うものなのだな、という発見も興味深く、観察するのが楽しくなりました。プロ編集部員なのに申し訳なくはあるものの、ある意味素人目線で、様々なライヴを体験させていただく日々だったのです。
予め音楽知識を持つこと、準備していくことは大事ですし、もちろん今は極力そうしていますが、毎日のようにあちこちでライヴを観ては純粋な気持ちでひたすらレポートを書き続けたあの怒涛の1年間は、ライターとしての自分の基盤をつくってくれました。会場に着いた瞬間から、もっと言えばその道中で見掛けたお客さんの表情や聞こえてくる話声も含め、自分が肌で感じたこと、空気感も含めてドキュメントする。そういう血の通ったライヴレポートを書きたいな、と思うようになりました。また落ち着いてライヴを観られる日々が訪れるのを待ちながら……初心を忘れず、今は静かに過ごします。